想い

特撮ヒーローから教訓を学ぶ理由

当ブログでは特撮ヒーローから教訓を学びそれを現実に活かしていくことを実践するブログですが、なぜ特撮ヒーローから教訓を学ぶか?を明確に示していませんでしたので、ここで理由を述べたいと思います。

なぜ、特撮ヒーローから教訓を学ぶか?

人は何からでも学べる。それだったら好きなものから学べばいいじゃないか?

という発想からきています。人間には「抽象化する」という能力があるので、どんなことでも学びを得ることができると思っています。例えば、産まれたばかりの赤ちゃんからでも「生命力」を感じたり、「赤ちゃんやどうやって世界を認識して成長していくか?」なんて観察すると、普段の生活以上に得られるものがあると思います。また、凶悪な人間がいても、それを反面教師にすることで自己の成長にすることができます。要は学ぼうと思えればなんでも学べるわけです。だったら、好きなものから学んじゃえばいいなじゃないか?と思うようになりました。

特撮のようなフィクションから学ぶよりか?ノンフィクションや、自然(例えば山、海)などから学んだほうがいいのではないか?

ズバリ言うと、フィクションからのほうが学びやすいからです。

確かに、フィクション(非現実)よりも、ノンフィクション、自然(山、海)などからは、現実と直結しているので、現実味のある学びを得られるかもしれません。しかし、私の場合は、それらから学びを得ようとしても、現実味があり過ぎて、学び取れず、飽和状態になることが多いです。その分、フィクションは余計なものができるだけ入っていないので、学びやすいです。

例を挙げると

教訓として「他人を思いやること」を学び取るとします。

フィクションの場合は、「他人を思いやる行動を表現する場面」を観ると「他人を思いやろう!」と思います。ただ、ノンフィクションの場合も
「相手を思いやる行動をとった場面」を見ても、そこは現実なので、打算や周りの同調圧力で動いた可能性があると勘ぐってしまいます。

また自然から学び取ろうとすると、「例えば親のペンギンが子供のペンギンを守るところ」などから学べそうですが、これは「動物の本能」ような気がして、もはやどう学んでいいかわかりません。

学びの得かたは人それぞれかもしれませんが私は上記のように感じてしまいます。だからフィクションから学ぶのが一番良いと思っています。だったら一番好きなフィクション。すなわち特撮ヒーローから学ぼう!と思うようになりました。

結局実践するのみ

ここまで書きましたか、何の教訓から学ぶかなんてことは、大したことではないのです。要は実践しなければ意味がないのです。「教訓を学んだだけ」では現実世界、なにも変わりません。

ただ、「他人を思いやろう!」って言葉を聞いて、すぐ実践できる人は少ないと思います。もっと「他人を思うことってどういうことだろう?」と考えたりイメージを膨らましたりしないといけませんよね?そんなとき好きなもの(特撮ヒーロー)から教訓を学んでいきたい!なので、このブログで学んだことを書き続けている今日この頃です。