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仮面ライダー電王「第34話 時の間のピアニスト」もはやアート!

「第34話 時の間のピアニスト」もはやアート!

以前も仮面ライダー電王「第34話 時の間のピアニスト」についての記事を書きましたが、まだまだ良いところがあるので、紹介したいと思います。私はこの回を大変気に入っていて、感じるもの・惹かれるものが多すぎるので、もはや

 

アート

 

の域にきているのではないかと思います。どこまで言語化できるかわかりませんが、記事にします。

ピアノの男

何と言っても、この回に登場する「ピアノの男」が演奏している姿に惹かれるものがあります。ピアノを見つけては、ただ、ただ弾き続ける。そして、周囲の人間は「いい音色だなぁ」とは思うけど気に留めません。ミステリアスな感じが出ていて惹かれてしまいます。

特に良かったのが、意識不明の青年が入院している病院の前にイマジンがピアノを持ってきて、「ピアノの男」が青年のいる病室を見上げながらピアノを弾いているシーン。男の目や表情に感動してしまいました。

「ピアノの音、青年に届いているかなぁ?」

「あの頃は楽しかったよなぁ?」

色々な感情が混じっている表情をしていて、この瞬間、不意に泣いてしまいます。

通常の社会で言えばただのピアノを弾く変なタキシードオジサンなのかもしれないけど、物事に没頭している純粋さに美しさを感じてしまいました。私も周囲など関係なく、この男のように純粋に何かに没頭したい!と思いました。そこに美しさがあるのかなと思ってしまいます。

世界とつながっていない人間

過去に何があったは語られていませんが「ピアノの男」は意識不明になった青年以外に、彼を知る者はいません。こんな人物、実際にはいないとは思いますが、近い人はいるかもしれないと思いました。気にも止められない人間。学校・会社に属しているが、

 

「確かにそんなやついたなぁ~とか」

 

「成績表のコメント欄に”おとなしくまじめな子”だけしか書かれない人」

 

「懇親会あいつ出席していたっけ?」

 

なんて存在。

確かに人と関わらず、ピアノだけに没頭しているし、イマジンに願い事を聞かれても

「青年に自分が弾いたピアノの音を聴かせたい」と言わずに、

「ピアノが欲しい」

とだけしか言わない人間。
コミュニケーションに難があるし、そもそも人とコミュニケーションをとる気がない。学校や会社など狭いコミュニティに限定すれば、記憶に残らないような人というのはどこにでもいると思います。

自分事ですが、私もコミュニティに属しながら、人との摩擦で、「誰ともコミュニケーションを取りたくない」と思ったことが何度もあります。そういったことを連想させてしまう話でした。

世界とつながっていなかった「ピアノの男」を見つける青年

ただ、青年だけは彼を見つけ出したわけです。ここにまた、この話の奥深さがあります。

青年と「ピアノの男」のように、誰かが誰かを必要としていることがあるわけです。

どんな人でも誰かの役に立つ機会が来るということ。

 

青年以外の人間にしてみれば「ピアノの男」は

 

ピアノを無許可で弾いているオッサン

 

としか見えないけども、ピアノを弾くことがプレッシャーに感じていた青年にとっては

 

純粋にピアノを楽しんでいる尊敬すべき人

 

と見えるわけです。人によって解釈が異なることによって、人と人の関係が築かれる瞬間が素晴らしい。

繋がっている質や量が多いのは非常に良いことだと思います。しかし、私はそれにはあまり魅力を感じない。それは得意な人が勝手にやればいい話だと思う。大事なのは数や質なのではなく、

 

僅かでもつながっている。

 

という事実。その「つながる瞬間」というのはとても素晴らしいと感じました。
私も少しでもたくさんの人の魅力に気づき、良い関係を築いていきたいと感じました。

意思の強さ

前回の記事でも書きましたが「ピアノの男」の心の中には「やりたいこと」というのが明確にあり意志が強いと感じました。なぜならイマジンがピアノを持ってきただけでは、契約を完了させなかったからです。

相手が怪物であろうが、「違う!」と断固として契約を完了させなかった意思の強さというのは、現実においても大事だと思います。ピアノの男からは

 

譲れない意思

 

というものが感じられます。

笑える場面

感動する場面が多いこの回ですが、1つだけ笑ってしまった場面があります。それは、イマジンが「ピアノの男」の過去に飛び、そのときイマジンを見た青年がビックリして

「お%っ#”#D!」

といった言葉にならない声を上げて、イマジンにぶっ飛ばされるところです。
確かにいきなり目の前に怪物が現れたら、そうなるかもしれないけど、不意に笑ってしまいました。

人から忘れられると時間からこぼれ落ちる

過去の影響で現在の「ピアノの男」が消えてしまい、イマジンを倒した後も消えたままになってしまったところも印象的でした。電王の世界では、オーナーが言うように

 

記憶がある限り、時は消えない。しかし、記憶にない時間は戻らない 

 

わけで、現在「ピアノの男」の記憶を持っているのは青年だけであり、青年は意識不明のままなので「ピアノの男」は消えたままというわけです。

確かに、誰の記憶にも残っていなければ、存在しないのと同じなわけです。

「ピアノの男」のように時間からこぼれ落ちてしまった人はデンライナーに乗り、誰かの記憶が戻るまで旅を続けるというわけですが、「ピアノの男」は死んだのか生きているのかよくわからない不思議な感じになりました。ただ、感覚的にはなんとなくわかる気がする話だと思いました。

デンライナーは、時間の中を運行していますが、それは

現世と天国の間みたいなところなのか?

それとも

人の記憶のかたまりのようなものか?

などなど、想像が広がります。

電王という作品の世界観の奥深さを感じました。

総評

この話からはピアノの音色と共に、時と記憶、純粋さ、人との絆、意志の強さ 、 生と死・・・様々ものが感じられます。

冒頭から主張していますがここまでくると、アートなのではないかと思ったりします。

これを観た当時の子供たちの、感性も刺激されたのではないかと思います。

今後もこのような感性を育むよような、素晴らしい作品ができることを願います。

今回紹介した話

この話は以下の2話からの抜粋でした。
仮面ライダー電王
「第33話 タイムトラブラー・コハナ」
「第34話 時の間のピアニスト 」

当ブログでは何度も主張していますが、2話含めて1時間弱のこの短時間で人の心を動かせる、番組制作スタッフは世界最高峰といっても過言ではないと思います。

電王の世界観で例えるならば、この話は永遠に私の記憶に残り存在し続ける作品となりました。

 

東映恐るべし!